ファンを最も驚かせた歴史的転換点の一つが、横浜の「天竺(てんじく)」を撃破した「関東事変」直後の東京卍會解散です。関東の頂点に君臨したまさにその瞬間、マイキーは突如として全隊員を集会に呼び出し、チームの解散を宣言しました。
この解散理由の本質は、マイキーの仲間に対する極限の利他主義と、自らを苛む孤独の防衛策でした。マイキーは、武道が幾度ものタイムリープを通じて警告してきた「東卍が将来、最悪の犯罪組織へと堕落する」という悲惨な未来を重く受け止めていました。これ以上組織を存続させれば、警察の監視や裏社会の暴力に大切な仲間たちが巻き込まれ、真っ当な社会生活を送れなくなることは明白だったからです。
マイキーは集会で「東卍は今が最高の状態だ。最高のまま終わらせる」と告げました。ドラケンにはバイク屋の夢を、三ツ谷にはデザイナーの道を、他のメンバーにもそれぞれの未来へ進むよう促し、自らは彼らの前から姿を消す道を選びました。自分が仲間と距離を置き、すべての闇を一人で背負い込むことで、仲間たちの平和な日常を買い取ろうとしたのです。
しかしこの自己犠牲は、マイキー自身を精神的孤立の極限へと追いやることになります。拠り所となる「東卍の仲間たち」というストッパーを失ったマイキーは、後に残忍な新組織「関東卍會」を立ち上げ、自らの深淵へと沈んでいく悲劇を生み出しました。