彼の野球人生において最大の転換点となったのが、日本野球機構が初めてフリーエージェント制度を導入した1993年の出来事である。当時、阪急ブレーブスから阪神タイガースへとトレード移籍し、わずか1年でFA権を行使した彼の決断は、球界全体に巨大な衝撃を与えた。
いわゆる「1993年FA移籍」の第1号選手として、福岡ダイエーホークスへの移籍を決断した背景には、過熱する報道や環境の変化に対する苦悩が存在していた。当時のメディアは彼の移籍をセンセーショナルに報じたが、本人が求めていたのは純粋に自らの評価とプレイに没頭できる環境だった。球団との交渉裏話や当時の葛藤は、日本のプロ野球における選手生命のあり方を大きく変える先駆けとなった。