「もう一度、ジャイアンツのユニフォームを着て打席に立つ」。その執念だけが吉村を突き動かした。彼は治療とリハビリの活路を求め、渡米を決意する。スポーツ医学の先進国であったアメリカで、世界最高峰の整形外科医による手術と、当時としては最先端のバイオメカニクスに基づいたリハビリプログラムが開始された。
毎日何時間にも及ぶ地獄のような激痛に耐えるリハビリ。筋力が削げ落とされた足に再び神経を通わせ、関節の可動域を1ミリ単位で広げていく作業は、肉体的にも精神的にも限界を試される苦行だった。日米の医療スタッフによる連携と、吉村自身の超人的な精神力が、不可能とされた「膝の再構築」を可能にしていった。