1940年、東京・新宿の真言宗寺院の家に生まれた篠山紀信(本名・紀信=みちのぶ)。日本大学藝術学部写真学科在学中から頭角を現し、広告制作会社ライトパブリシティでキャリアをスタートさせました。1968年にフリーランスとなって以降、広告写真、ポートレート、ヌード、建築、歌舞伎など、あらゆるジャンルを越境しながら、常に「今という時代」を鮮烈に定着させ続けました。
篠山氏の歩みは、日本のビジュアルカルチャーの進化そのものでした。複数台のカメラを連動させてパノラマ空間を切り取る「シノラマ」や、デジタル黎明期にいち早く取り組んだ「デジキシン」など、テクノロジーの進化を敏感に捉えて自らの表現へと昇華。常に写真の新たな可能性を切り拓くチャレンジャーであり続けました。
2026年1月4日、老衰のため83歳で逝去。亡くなる直前まで精力的に撮影現場に立ち続け、「生涯一写真家」としての姿勢を貫き通した最期でした。訃報が流れた際には、政財界から芸能界、海外のアートシーンに至るまで、世界中から追悼と感謝の声が寄せられました。