法廷闘争は長期戦となった。一審の東京地方裁判所は「報道の自由」「知る権利」の観点から取材活動の正当性を認め、西山に無罪判決を言い渡した。真実を追うジャーナリズムにとっての確固たる光に見えた。
だが、控訴審で逆転有罪となり、1978年に最高裁判所が下した決定は冷徹だった。最高裁は「取材の自由は憲法21条の精神に照らし十分尊重されるべき」と前置きしつつも、西山の取材手法について「女性事務官の肉体関係を利用したものであり、社会通念上許容される範囲を著しく逸脱した」と断じた。西山の懲役4か月・執行猶予1年の有罪判決が確定した。
この判決は、日本の調査報道の現場に深い爪痕と萎縮をもたらした。国家機密という厚い壁に対し、記者がどこまで踏み込んで取材できるのかという境界線が狭められ、当局発表に依存する「記者クラブジャーナリズム」の構造が強固に再生産される契機となった。