頭取の中野渡謙が下したあの人事命令は、一見すると功労者に対する非情な仕打ちに見える。しかし、組織のトップとしての視点に立てば、極めて合理的な「政治的決断」だったと言わざるを得ない。当時、東京中央銀行は旧産業中央銀行(S)と旧東京第一銀行(T)の合併による派閥抗争の火種を常に抱えていた。
大和田常務を糾弾することは、旧S派の力を削ぐことを意味する。だが、やりすぎれば旧S派の反発を招き、行内融和は完全に崩壊する。中野渡は、大和田を降格処分にとどめて手元に残す一方で、急進的すぎた半沢を一時的に遠ざける必要があった。組織のバランスを保つための「生贄」として、半沢の出向は不可避だったのだ。