王水にまつわる最もドラマチックな史実として知られているのが、第二次世界大戦下のデンマークで起きた「ノーベル賞メダル隠蔽事件」です。
1940年、ナチス・ドイツがコペンハーゲンへ侵攻した際、ニールス・ボーア研究所には、ドイツ出身のノーベル物理学賞受賞者であるマックス・フォン・ラウエ(1914年受賞)とジェイムズ・フランク(1925年受賞)の純金製ノーベル賞メダルが預託されていました。
当時、ナチス政権は国民が国外へ金資産を持ち出すことを厳罰で禁止しており、メダルに刻まれた名前がゲシュタポ(秘密国家警察)に見つかれば、両博士の命は確実に奪われる危機的状況でした。研究所を捜索しに来るナチスの兵士からメダルをどう隠すか、誰もが頭を抱えていました。
この絶体絶命の危機を救ったのが、同研究所に在籍していたハンガリー出身の化学者ジョージ・ド・ヘヴェシー(後に放射性同位体トレーサー技術の開発で1943年ノーベル化学賞を受賞)でした。
ヘヴェシーはナチスの捜索部隊が研究所に突入してくる直前、2つの純金メダルをビーカーに入れ、作りたての王水に完全に溶かし込みました。純金が溶けた王水は不気味なオレンジ色の液体となり、棚の試薬瓶の中に紛れ込ませて放置されたのです。
ナチスの兵士たちは研究所内をくまなく家宅捜索し、金庫や引き出しを漁りましたが、実験室の棚に無造作に置かれた「変色した酸の瓶」には目もくれませんでした。貴金属が液体の中に原子レベルで溶けているとは夢にも思わなかったのです。
終戦後、無傷で残っていた溶液からヘヴェシーは金を化学的に還元・沈殿させて回収。回収された純金はストックホルムのノーベル財団へと送られ、元の型を使ってメダルが鋳造し直され、無事に両博士の元へ返還されました。科学の知識が権力の暴力から学術の栄誉を守り抜いた名高いエピソードです。