「ここに幸あり」の歴史を語る上で欠かせないのが、ハワイやブラジルをはじめとする海外日系移民社会での熱狂的な受容です。この楽曲は海を渡り、異国の地で筆舌に尽くしがたい苦難を経験した日系一世・二世たちの間で、まるで「第二の国歌」のように歌い継がれてきました。
当時の特番インタビューや自著・手記で大津美子自身が振り返っているように、初めてハワイ公演を行った際、客席は老若男女を問わず涙を流し、大合唱が巻き起こったといいます。言語や文化の違い、過酷なサトウキビ畑での労働、差別に耐えながら荒野を切り拓いてきた移民たちにとって、「嵐も吹けば 雨も降る」という歌詞は、自らの人生そのものでした。
特に南米ブラジルの開拓地では、日本語ラジオやレコードを通じてこの曲が心の支えとなり、「どんなに苦しくても、この土地に幸せを見出す」という開拓精神の象徴として共有されました。大津美子が現地を訪れるたびに空港やコンサート会場は熱烈な歓迎に包まれ、その絆は世代を超えて現在の日系社会にも深く根付いています。