ふっ くんという愛称を聞いて、胸の奥が熱くならない昭和・平成世代はいないだろう。1980年代のアイドルシーンを猛烈なスピードで駆け抜け、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ伝説のトリオ「シブがき隊」のメンバー、布川敏和。デビューから長い歳月が流れた今も、彼の持ち味である親しみやすい笑顔とどこか憎めないキャラクターは、色あせるどころか円熟味を増して人々を引きつけている。
かつて少年たちが熱狂し少女たちが黄色い歓声をあげたヒットパレードの熱狂から、プライベートで直面した数々の試練まで、常に世間の耳目を集めてきたふっ くんだが、還暦を迎えた現在の佇まいには、余計な肩肘を張らない軽やかさと確かな年輪が滲む。激動の時代をくぐり抜けてきた男の現在地を追った。
80年代男性アイドル旋風の中心で:『NAI・NAI 16』から始まった熱狂
日本の芸能界における1980年代は、まさに百花繚乱のアイドル黄金期だった。そのど真ん中で異彩を放っていたのがシブがき隊だ。1982年、センセーショナルなフレーズで社会現象となった『NAI・NAI 16』で鮮烈なデビューを飾ると、瞬く間にトップアイドルの座へと駆け上がった。
現在のSTARTO ENTERTAINMENTへと続く事務所の歴史の中でも、彼らの立ち位置は独特だった。優等生的な王子様像を覆し、少し不良っぽく、それでいて底抜けに明るいキャラクター性。翌年以降も『スシ食いねェ!』など、コミカルかつ斬新な楽曲を次々と世に送り出し、茶の間の心を鷲掴みにした。80年代男性アイドルという枠組みを超え、バラエティやカルチャーの旗手として躍動した記憶は、今なお色褪せない。
「不仲」では片付けられない3人の距離感:本木雅弘と薬丸裕英、そして解散の真相
1988年、シブがき隊は「解隊」という名のもとに活動へ終止符を打った。当時、メディアは盛んにメンバー間の不仲説を書き立てたが、実情は単純な人間関係の摩擦だけでは語り切れない。
ストイックに独自の美学を追究し本格派俳優へと舵を切った本木雅弘。卓越したトーク力と仕切りで情報番組の看板司会者としての地位を築いた薬丸裕英。そして、飾らない人柄でタレントやバイプレイヤーとしてのポジションを確立した布川敏和。三者三様の強い個性と才能が、グループというひとつの器に収まりきらなくなった必然の帰結だったのだ。
「仲が悪かったわけじゃない。ただ、それぞれが見つめる未来が違いすぎた」――後年、布川がそう振り返ったように、青春を分かち合った戦友だからこそ、お互いの領分を侵さず、干渉しすぎない絶妙な距離感を保ち続けている。