なぜ金権政治スキャンダルは、時代や制度が変わっても形を変えて繰り返されるのか。政治資金規正法の改正が叫ばれ、透明性の向上が誓われるたびに、それをすり抜ける新たな「抜け穴」が考案されてきたのが日本の政治史である。
記者クラブによる定例会見やオフレコ懇談に依存した取材姿勢では、もはや巧妙化する不正を暴くことはできない。だからこそ、組織の論理に囚われない独立した政治ジャーナリズムの存在価値が再評価されている。単なるスキャンダル消費で終わらせず、構造的な腐敗の根源を白日の下に晒し続けること。それこそが、主権者である国民に対するメディアの唯一の責務である。