歴史の授業や通説でよく語られるのが、「参勤交代は大名に莫大な旅費を使わせ、財政を破綻させて謀反の体力を奪うための罠だった」という説です。しかし、近年の歴史研究や大名家の財政記録の検証により、この見解には大きな修正が加えられています。
実際の大名日記や幕府の記録を精査すると、参勤交代の第一義は「軍役(ぐんえき)の平時化」でした。戦国時代の軍隊行列をそのまま「参勤の行列」という平和的な儀礼に置き換えることで、大名が幕府に対して忠誠を誓っていることを領民や他藩に誇示するデモンストレーションだったのです。
さらに注目すべきは、行列の規模が膨れ上がった主原因が「幕府の強制」ではなく「各大名同士の見栄とプライド」にあったという事実です。「他藩よりみすぼらしい行列では藩の面目が立たない」と、大名自らが競い合って家臣を動員し、衣装や武具を豪華に仕立てました。幕府側はむしろ「無駄な出費を控え、供回りの人数を減らせ」と何度も警告令を出していたほどです。
参勤交代は結果として、五街道の整備、宿場町の発展、江戸と地方を結ぶ経済・情報の大循環を生み出す副産物をもたらしました。単なる嫌がらせではなく、日本列島規模でのインフラ統合を成し遂げた高度な統治システムだったと言えます。