八尺瓊勾玉の材質をめぐっては、古くから「翡翠(ヒスイ)説」と「瑪瑙(メノウ)説」が対立してきました。文献上の記述と古代日本の鉱物流通ルートを照合すると、この論争には極めて興味深い歴史の地層が浮かび上がります。
漢字の「瓊(けい/に)」は、本来「赤色に輝く美しい玉」を意味する文字です。この語義を重視する学者や研究者は、山陰地方(島根県の花仙山など)で豊富に産出された赤瑪瑙(玉髄)で作られた勾玉ではないかと推測してきました。古代の出雲地方は高度な瑪瑙加工技術を誇り、朝廷に多くの玉製品を献上していた記録が残っているためです。
一方で、現代の考古学者や鉱物研究者の間では、新潟県糸魚川地域を産地とする硬玉ヒスイ(ジェダイト)説が決定打と見なされています。縄文から古墳時代にかけて、日本列島で最高格式の神宝とされたのは一貫して深緑色に透き通るヒスイでした。当時の人々は「瓊」という文字を厳密な鉱物学的分類ではなく、「最高級の宝玉」に対する美称として用いていました。三種の神器という王権の頂点に君臨する呪具に、当時もっとも貴重とされた糸魚川産ヒスイが用いられたと考えるのが、出土遺物の分布実態からも極めて自然です。