「井之頭五郎には実在するモデルがいるのか」という点について、長年ファンの間で様々な説が飛び交ってきました。結論から述べると、特定の誰か一人をそのまま模した単一のモデルは存在しません。
原作者の久住昌之氏への過去のインタビューや制作秘話によると、五郎というキャラクターは、久住氏自身が散策中に見かけた「街の片隅で黙々と定食を食べる中年男性たちの佇まい」や、知人のフリーランスバイヤーのワークスタイルを複合的に組み合わせて構築されたものです。
また、本作を語る上で欠かせないのが「徹底した下戸(お酒が一滴も飲めない)」という設定です。グルメ漫画の主人公としては異例とも言えるこの設定には、極めて明確な構造的理由が存在します。
- 純粋な「味覚と白米」へのフォーカス:アルコールが入ると、食事は「酒の肴(つまみ)」へと役割を変えてしまいます。下戸であるからこそ、五郎は最初から最後まで料理そのものの味付け、出汁の深み、そして白いご飯との相性に全神経を集中させることができます。
- 酒場コミュニティへの「異邦人」としての視点:居酒屋に入ってもウーロン茶を頼み、酔客の喧騒をBGMにしながら定食や一品料理を頼むスタイルは、飲み会のノリに同調しない「個の独立性」を強調します。
- 原作者との対比というギミック:原作者の久住昌之氏が大の酒好き(ドラマ本編後のコーナー「ふらっとQUSUMI」で酒を楽しむ姿でおなじみ)であるのに対し、主人公を下戸に設定することで、作品に心地よい客観性とフィクションとしての規律がもたらされています。
なお、穏やかで紳士的な五郎ですが、原作・ドラマともに「古武術の心得がある」という意外な武闘派設定が存在します。無礼な客や理不尽な暴力に対して、アームロックなどの関節技を電光石火で極めるシーンは、彼が単なる気弱なグルメ親父ではなく、内面に確固たる「強さ」を秘めた男であることを示しています。