ソーシャルメディアのサーバーを幾度となくダウンさせてきた滅びの言葉「バルス」。今やネット上のお祭りイベントとして定着しているが、宮崎駿監督がこの3文字に託した思想は極めて重い。それは単なるカタルシスのための破壊兵器ではない。
宮崎監督が描こうとしたのは、人間の驕りによって肥大化したテクノロジーの強制終了だ。富と権力を象徴する城の底部郭が崩壊し、巨木に守られた生命のコアだけが宇宙へと昇っていくシークエンス。あの光景は、破滅を描きながらも、人間が再び大地に足をつけ直すための「再生の儀式」にほかならない。破壊の呪文が同時に救済の合図となる二重構造こそ、映画『天空の城ラピュタ』が単なる勧善懲悪のアクション劇と一線を画す決定的な理由である。