ネット上の言説を精査すると、この言葉に関していくつか事実関係の誤認が定着しています。その最たるものが、「当時の庶民は軍部に完全に洗脳され、全員が盲目的にこの言葉を信じ込んでいた」という見方です。
実際には、庶民は決して愚かではありませんでした。「ぜいたくは敵だ」の看板に「素」の字を書き加えて「ぜいたくは素敵だ」と読み替えた有名な落書きと同様に、「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」に対しても、陰では無数のパロディや痛烈な批判が飛び交っていました。
「足らぬ足らぬは、上の知恵が足らぬ」
「工夫しろと言うなら、工夫する材料を配給してみろ」
こうした庶民の反骨心に満ちた呟きは、特別高等警察(特高)の取り締まり記録である『特高月報』や当時の内務省警保局の調査報告書にも「不穏言動」として数多くリストアップされています。人々は表向きは大政翼賛会の号令に従いながらも、裏ではこのスローガンの欺瞞を冷静に見抜いていました。
また、「工夫」を称揚する一方で、当時の体制は個人の自由な発想や規格外のアイデアを「統制違反」として厳しく処罰したという皮肉な歴史的事実も忘れてはなりません。自由な試行錯誤を禁止しながら「工夫せよ」と命じる矛盾は、現代の硬直化した大企業病と驚くほど軌を一にしています。