阿部亮平が気象予報士を目指した背景には、芸能界で生き残るための切実な危機感と明確な戦略眼がありました。
当時のインタビューや特番ドキュメンタリーにおいて、阿部はジャニーズJr.時代を振り返り、「ダンスや歌、アクロバットがずば抜けて上手いわけでもなく、自分には誇れる武器が何一つない」と周囲との実力差に深く悩んでいた胸の内を明かしています。ジャニーズJr.という実力者がひしめく環境下で埋もれてしまう恐怖と向き合うなか、導き出した活路が「得意な勉強を極限まで突き詰め、唯一無二の個性に昇華させること」でした。
数ある資格のなかから気象予報士を選んだ決定打は、天気が人々の日常生活に不可欠であり、テレビの生放送やエンターテインメントの現場でも即座に活かせる専門性の高さにありました。「気象の知識があれば、グループがテレビに出演するきっかけを作れるかもしれない」という、どこまでもグループへの還元を見据えた覚悟が、高校2年生の冬に挑戦を決意させた原点です。