ふたりの出会いは、1982年に公開された山田洋次監督の名作映画『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(第30作)での共演でした。劇中で恋に落ちる不器用な青年とヒロインを演じたふたりは、スクリーンの枠を超えて惹かれ合っていきます。当時、田中裕子さんはNHK連続テレビ小説『おしん』の主演を控えた若手実力派の筆頭であり、その瑞々しい美貌と繊細な演技力で世の注目を一身に集めていました。
しかし、当時沢田さんは元ザ・ピーナッツの伊藤エミさんと婚姻関係にあり、長男も誕生していたため、ふたりの関係は瞬く間に「略奪愛」としてメディアの猛烈なバッシングの対象となりました。過熱する報道の中、沢田さんは逃げ隠れすることなく事態を受け止め、1987年1月に伊藤エミさんとの離婚が正式に成立します。
その際、沢田さんが支払った財産分与と慰謝料の総額は約18億1800万円に達したと報じられました。当時の芸能界史上最高額となるこの巨額の支払いは、自らの非を認め、家族に対する責任を金銭的にも全うするという沢田さんなりの「最大の誠意とケジメ」の証でした。
離婚成立から約2年半が経過した1989年11月12日、ふたりは島根県の出雲大社で結婚式を執り行いました。白無垢に身を包んだ田中さんと、凛とした紋付羽織袴姿の沢田さんが神前に並んだ姿は、多くのメディアで大々的に報じられ、過去の騒動を乗り越えた厳粛な門出として日本中の記憶に刻まれました。