2021年、伊藤太陽は立命館大学体育会サッカー部の門を叩いた。関西学生サッカーリーグは、全国でも屈指のハイレベルな大学リーグだ。関西大学、近畿大学、びわこ成蹊スポーツ大学など、プロ予備軍が揃う激戦区である。
伊藤自身が後に振り返ったブログには、率直な心情が綴られている。「どーやったら勝てるんやろ」。このシンプルな一文に、彼の4年間が凝縮されている。試合に出られない焦り。チームの降格という挫折。全国大会への憧れと、それが叶わない現実。プロを目指す仲間たちとの競争。
1年目から2年目:出場機会を求めて
大学1年目。ユース出身という肩書きは、スタートラインに立つためのアドバンテージにはならなかった。上級生たちはすでにチーム戦術を熟知し、フィジカルも完成されている。伊藤は限られた出場時間の中で、自分の価値を証明しなければならなかった。
2年目も状況は大きく変わらず。試合に出ても、失点に絡むミスが脳裏を離れない。「あのプレーがもっとこうなら」「なぜあの判断をしてしまったのか」。自問自答の日々が続いた。サッカーは結果のスポーツだ。どれだけ練習で良いパフォーマンスを見せても、試合で結果を出せなければ評価されない。
3年目から4年目:チームの降格と個人の転機
3年目、立命館大学は関西学生サッカーリーグで苦戦を強いられた。降格の危機が現実味を帯びる。伊藤にとっても正念場だった。出場機会は増えたが、それはチーム状況の厳しさの裏返しでもあった。勝てない試合が続き、チームの雰囲気も重くなる。
4年目、最終学年。多くの選手にとって、大学サッカーの集大成となる年だ。伊藤は自分の立ち位置を冷静に見つめ直した。Jリーグのトップチームへの道は険しい。だが、JFLや地域リーグからプロキャリアをスタートさせる選手も多くいる。彼が選んだのは、ベルガロッソいわみへの加入だった。