このトレンドは、当然ながら海外からも奇異の目で見られている。欧米の主要メディアは「日本人がまた奇妙なものを愛し始めた」と報じた。しかし、その論調は単なる嘲笑ではない。タブー視されがちな排泄というテーマを、エンターテインメントの力でオープンな対話の場に引き上げたデザインセンスに対する、一種の驚嘆が含まれている。
日本には古来、万物に神が宿るという「八百万(やおよろず)の神」の思想がある。器物や自然現象、そして排泄物すらも一つの人格として捉える土壌が、無意識のうちに土台となっているのかもしれない。西洋的な二元論では「汚物」として排除されるものが、東洋的な感性によって「愛すべき同居人」へと翻訳されるプロセスは、文化人類学的にも極めて興味深い事例だ。