石原裕次郎さんが幼少期の数年間を過ごし、第二の故郷として深く愛した北海道小樽市。その小樽港マリーナに隣接する地に1991年7月にオープンした石原裕次郎記念館は、開業当初から爆発的な人気を博しました。しかし、2017年8月31日をもって完全閉館となりました。その背景には、単なる経営問題だけではない複合的な理由が存在していました。
第一の理由は、海沿いの立地特有の深刻な塩害と施設の老朽化です。日本海の潮風を直接受ける小樽築港エリアに建っていたため、鉄骨の腐食や外壁の劣化の進行が極めて早く、耐震改修工事を施すには数十億円規模の莫大な投資が必要とされる試算が出ていました。展示されている貴重な遺品やフィルム、名車を湿度や塩害から半永久的に保護し続けるには、建物の限界が近づいていたのです。
第二の理由は、入館者数の推移と世代交代の波でした。開館当初は年間約120万人以上が押し寄せ、小樽観光の起爆剤となりましたが、晩年はピーク時の約1割(年間十数万人規模)にまで落ち着いていました。裕次郎さんを直接リアルタイムで知る世代の高齢化が進み、維持管理費と収支のバランスを取ることが徐々に難しくなっていたのも客観的な事実です。
そして第三の決定打となったのが、石原まき子夫人(石原プロモーション元会長)による「終活」と美学の決断でした。2019年に迎える裕次郎さんの三十三回忌を前に、「建物が傷み、みすぼらしい姿になってからでは裕次郎に申し訳ない。ファンの方々の温かい記憶が鮮やかなうちに、綺麗な形で終止符を打ちたい」という意向が固まりました。報道陣向けの会見でも、まき子夫人は「26年もの長きにわたり愛してくださったファンの皆様に心から感謝申し上げます」と深々と頭を下げ、惜しまれながらも堂々たる幕引きを選択したのです。