華々しい子役時代の経歴を持つ大島優子ですが、その道のりは決して順風満帆なエリートコースばかりではありませんでした。むしろ、多くの子役が直面する「子供から大人への過渡期における仕事の激減」という冷酷な壁に、彼女もまた激しくぶつかっていたのです。
中学生から高校生へと成長するにつれ、いわゆる「子役枠」のキャスティングから外れるようになり、受けるオーディションにことごとく落選する苦難の時期が訪れます。ジュニアアイドルとしての雑誌グラビアやイメージDVDへの出演など、模索が続く中で参加したのが、2005年に結成された伝説のグループ『Doll's Vox(ドールズ・ボックス)』でした。
THE ALFEEの高見沢俊彦がプロデュースを手掛け、総勢21名のティーンタレントで結成された同グループにおいて、大島はその主力メンバーの一人としてシングル『夢見るオ・ト・ナ』で活動を展開しました。しかし、アイドルシーンが現在ほど拡大していなかった当時、グループは大きな商業的ブレイクを果たすことなく短期間で活動を終了してしまいます。
「このまま芸能界にいても先がないのではないか」「高校を卒業したら普通の生活に戻るべきではないか」――。当時の彼女が周囲に漏らしていた迷いや焦燥感は、当時のファンコミュニティや業界誌でもリアルタイムで観測されていました。しかし、この底知れぬ挫折と焦燥感を抱えていたまさにその瞬間、2006年2月に開催された「第二期AKB48追加メンバーオーディション」との運命的な出会いを果たすことになります。すでに10年近い現場経験を持ちながらも、退路を断って挑んだオーディションでの圧倒的なパフォーマンスは、審査員たちを一瞬で魅了しました。