今帰仁城跡の歴史を紐解く上で欠かせないのが、14世紀の「三山(さんざん)時代」です。当時、沖縄本島は北山(ほくざん)・中山(ちゅうざん)・南山(なんざん)の3勢力が覇権を争っており、今帰仁城はその広大な北部地域を支配した「北山王(ほくざんおう)」の居城でした。
北山は中国明朝とも直接交易を行う強大な軍事力を誇り、三山の中でも最大の領土を有していました。断崖絶壁に囲まれた今帰仁城は「難攻不落」と恐れられましたが、1416年、中山の尚巴志(しょうはし)率いる連合軍の計略によって落城を迎えます。最後の北山王・攀安知(はんあんち)は、裏切りによって城内に敵を招き入れられ、自らの宝刀「千代金丸(ちよがねまる)」で城内の守護石を切りつけた後に自刃したという劇的な伝説が今に語り継がれています。
また、城内には古くから神聖な祈りの場とされてきた「テンチジアマチジ」や「ソイツギ」などの御嶽(うたき)や拝所が点在しています。現在でも地元住民や参拝客が祈りを捧げるパワースポットとしての静謐な空気感が漂っており、単なる軍事要塞にとどまらない琉球の精神文化の深さを肌で感じることができます。