お台場へと拠点を移し、カルチャーの発信源として君臨していたフジテレビジョン。当時の制作陣が注ぎ込んだ熱量は、現在の制作環境から振り返っても桁外れだった。細部まで作り込まれた美術セット、膨大な収録テープを極限まで削ぎ落とす緻密な編集技術、そして何より「誰も見たことがないテレビを作る」という強烈な自負が画面越しに溢れていた。
日本のテレビ放送業界において、この一連の企画が遺した足跡は計り知れない。ドキュメンタリーの手法をバラエティに持ち込み、虚構と現実の境界を曖昧にするフォーマットは、その後のエンタメシーンの標準規格となった。予定調和を嫌い、偶発的なハプニングを最高純度のエンターテインメントへと昇華させた技術体系は、今なお色褪せない教本として語り継がれている。