赤髪のともといえば、過激な発言や炎上商法とは無縁の、いわば「インターネットのオアシス」のような存在として愛されてきた。しかし、その圧倒的な好感度こそが、今回の騒動を大きくした要因でもある。普段がクリーンだからこそ、わずかな「影」が見えた瞬間に、人々の失望感や野次馬根性が何倍にも膨れ上がってしまうのだ。
完璧な人間など存在しないにもかかわらず、ネットは一度聖人君子のレッテルを貼った相手に対して極端に厳しい目を向ける。少しの言葉の綾や、冗談の範疇を出ない発言であっても、「裏切られた」と感じる視聴者が現れ、それが炎上の燃料となっていく構造が浮き彫りになった。