この劇的な変化のルーツは、昭和の高度経済成長期にまで遡る。1973年から1987年にかけて、約1,230万トンものゴミが運び込まれた「中央防波堤内側埋立地」。土とゴミが層をなす無機質な大地に生命を宿すという壮大な構想を打ち出したのが、世界的な建築家である安藤忠雄氏だ。
安藤氏の発案や呼びかけによってスタートした植樹運動は、単なる行政主導の緑化にとどまらず、市民や企業の募金・ボランティア参加による手作りの「環境再生・緑化プロジェクト」へと発展した。東京都港湾局が主体となって進める都市公園事業の一環として、市民の手で1本の苗木から育て上げられた樹木は数十万本に及ぶ。ゴミの埋立地という負の遺産を、未来への希望へと転換させたこの取り組みは、国内外の環境都市計画からも熱い視線を浴びている。