大学卒業後、彼が次なる戦いの場として選んだのはGMOインターネットグループだった。実業団という厳格な勝負の世界に身を置きながらも、長距離ランナーとしての志は揺るがなかった。実業団でのキャリアは平坦な道のりばかりではなかったが、課題にぶつかるたびに走りのフォームと精神面を再構築し、強靭さを増していった。
その挑戦の結実とも言える舞台が、世界最高峰のロードレースである東京マラソンだ。海外の強力なライバルや国内トップ選手がしのぎを削る中、自らのペースを見失わずに泥臭く粘り倒す走りは、多くの観客を熱狂させた。42.195キロという過酷な距離と向き合いながら、彼は現在も自らの限界値を更新し続けている。