中井貴一は当初、父親と同じ俳優の道に進むつもりはありませんでした。テニスに打ち込み、ごく普通の学生生活を送っていた彼が映画の世界へ飛び込む決意をした背景には、父・佐田啓二が遺した数々の形見や遺品との無言の対話がありました。
遺された書斎に残されていた台本への綿密な書き込みや愛用の文房具、そして父が大切にしていたロレックスなどの腕時計。父の遺品を手にしたとき、中井貴一は「自分の中に流れる父親の血」と「表現者として生きた父の覚悟」を強く実感したといいます。
現在でも重要な撮影や授賞式の場には父の形見の腕時計を身につけて臨むことが多く、「父を越えようと思ったことは一度もない。ただ、父の名を汚さない、恥ずかしくない役者でありたい」という謙虚で厳格なプロ意識の源泉となっています。