「大社」の歴史を遡ると、極めて興味深い事実に突き当たる。平安時代から江戸時代、さらには明治初期に至るまで、日本で単に「大社(おおやしろ/たいしゃ)」と呼んだ場合、それは出雲大社(島根県出雲市)ただひとつを指していた。
平安時代に編纂された『延喜式神名帳』において格式の高い社が「大社」と分類されていた名残はあるものの、固有名詞として「大社」の称号を独占していたのは出雲大社のみだった。当時の出雲大社は「杵築大社(きづきたいしゃ/きづきのおおやしろ)」とも呼ばれ、国譲り神話に登場する大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)を祀る特別な聖域として、他の神社とは一線を画す別格の扱いを受けていたのである。
この状況が一変したのが、明治維新に伴う近代社格制度の導入だ。国家神道のもとで神社が階級分けされ、最上位クラスとして「官幣大社(かんぺいたいしゃ)」や「国幣大社(こくへいたいしゃ)」という公的なランクが設定された。これにより、出雲大社以外にも国家から高い評価を受けた有力神社が「大社」の社格を与えられる土壌が整った。