星野中日の最高傑作として多くのファンが記憶しているのが、1999年のセ・リーグ優勝です。この栄冠は、単なる戦力の上積みに頼ったものではなく、球場の変化に即した徹底的な戦術転換の結実でした。
1997年に本拠地が狭くホームランの出やすい「ナゴヤ球場」から、広大な「ナゴヤドーム(現・バンテリンドーム ナゴヤ)」へと移転した際、チームは本塁打激減と長打力不足に苦しみ、最下位に沈みました。この屈辱を受け、星野監督は野球のスタイルを180度転換させます。一発長打に頼る大味な野球を捨て、「徹底した投手力・機動力・堅実な守備」を軸にしたドーム仕様の野球へとチームを再構築したのです。
迎えた1999年、中日は開幕から破竹の11連勝をマーク。関川浩一選手や李鍾範(イ・ジョンボム)選手ら足の使える選手を巧みに配置し、ルーキーの福留孝介氏をショートに抜擢。さらにレオ・ゴメス選手や山﨑武司氏といった長距離砲が勝負どころで機能する変幻自在の打線を作り上げました。投手陣では野口茂樹投手がMVPに輝き、守護神・宣銅烈投手へとつなぐ盤石の継投パターンが完成。圧倒的な強さでセ・リーグを制圧し、星野監督の手腕は円熟の極みに達しました。