「岐阜」という地名の由来を探る上で絶対に外せないのが、古代中国の二大聖地、すなわち「岐山」と「曲阜」の存在だ。周王朝が天下を治める原点となった山である岐山から「岐」の字を取り、儒教の祖・孔子が生まれ学問と道徳の象徴とされた曲阜から「阜」の字を取って組み合わされたとされる。
周の文王が岐山から立ち上がり、武力と徳をもって天下を統一した歴史は、信長にとって自らの運命を重ね合わせる絶好のフレームワークだった。一方、曲阜の持つ文化的尊厳を取り入れることで、単なる荒々しい武力行使者ではなく、平和な世をもたらす正統な覇者であることをアピールした。この武と文の極限の融合こそ、信長が狙った視覚的・概念的レバレッジにほかならない。