本作における最大のミステリー要素は、「物理的な強制力を一切使わず、なぜ言葉だけで150人もの人間に自殺を決意させたのか」という心理誘導のトリックにあります。斜線堂有紀の筆致は、カルト宗教やマインドコントロールの手法を徹底的に分析したかのように冷徹で精緻です。
景が用いたのは、単なる脅迫や命令ではありません。彼女はまず、相手の抱える深い孤独や劣等感、誰にも言えない秘密を共感とともに徹底的に肯定します。「あなたの苦しみを世界で私だけが理解している」と信じ込ませ、絶対的な信頼関係(ラポール)を構築した上で、少しずつ「生きていることの苦痛」と「死による救済の美しさ」をすり込んでいきました。
作中に散りばめられた伏線も実に見事です。景が何気なく口にしていた哲学的な問いかけや、宮嶺に課していた細かな「頼み事」、さらには犠牲者たちが残した遺書の共通項に至るまで、すべてが景の緻密な心理誘導計画の一部であったことが終盤に向けて一気に回収されます。読者は物語を読み進めるうちに、自分自身すらも景の甘美な詭弁に丸め込まれそうになる戦慄を味わうことになります。