なぜ、これほど理不尽な強制連行が国家規模でまかり通ったのでしょうか。その真相の根底には、当時の韓国を取り巻く軍事政権の思惑と国際的な威信の誇示がありました。
1970年代から1980年代にかけての朴正煕(パク・チョンヒ)政権から全斗煥(チョン・ドゥファン)政権期、政府は急速な近代化を進める一方で、1986年のアジア大会や1988年のソウルオリンピック招致に国運を賭けていました。世界中から注目を集める国際イベントを控え、政権が最も恐れたのは「外国人から都市のみすぼらしい姿を見られること」でした。そこで発令されたのが、内務部訓令第410号です。
この訓令は「都市の浮浪者を一掃し、社会の浄化を図る」ことを警察に義務づけました。しかし、現場の警察官には厳しい検挙ノルマが課され、実績を稼ぐために「街頭にいる身なりが少し乱れた者」「身分証を携帯していない者」を手当たり次第に拘束する事態に発展したのです。
さらに、施設運営側の貪欲な利権構造がこの悲劇に拍車をかけました。政府から兄弟福祉院には、収容者1人あたりに応じた手厚い国庫補助金が支給されていました。つまり、収容人数を増やせば増やすほど施設側の利益が膨らむ仕組みだったのです。「街をきれいに見せたい国家」と「頭数を増やして公金を掠め取りたい施設経営者」。この両者の利害が一致した結果、罪なき市民が次々と犠牲になっていきました。