歌詞のなかでも際立って謎めいているのが、後半の二節です。言語学や歴史学の観点からも、様々な角度からメスが入れられてきました。
まず、かごめかごめの鶴と亀がすべったの意味には、単なる事故以上の重いメッセージが込められていると考えられます。一説には、「すべった」を「統べった(統治した・天下を統一した)」という言葉の掛詞と捉え、日本の支配構造の変化を暗示しているという見解があります。鶴と亀をシンボルとする有力な権力者が、ある日突然その権勢を滑り落とした(失脚した)という歴史的事象を風刺しているという解釈です。また、民間伝承においては「吉兆の象徴が滑る=不吉な異変の前兆」として、不気味な凶兆の予言歌(託宣)として機能していたという説も根強く残っています。
次に、多くの人々を惹きつけてやまない後ろの正面だあれの意味です。「後ろ」と「正面」は本来、空間的に両立しない対義語です。このパラドックスをどう捉えるかについては、大きく分けて3つの有力な解釈が存在します。
1つ目は「死者の視点」です。前述の死刑囚説のように、肉体から切り離された首が自身の背中を見つめる、あるいは幽体離脱のような超常現象を指すという見方です。2つ目は「合わせ鏡」の理論です。神社のご神体である鏡のように、自分自身の後ろに鏡を置いたときに映し出される「自分自身の顔(もう一人の自分)」を意味しているという神秘主義的なアプローチです。そして3つ目は、後述する民俗学上の「神憑りの儀式」において、目を閉じている子どもの背後にピタリと立った「目に見えぬ神仏・霊魂」を指しているという見解です。