あらゆる表現に「不謹慎」の烙印を押し合い、互いを監視し合う社会の先に待っているのは、誰もが言葉を失い、思考を停止した冷ややかな自己検閲社会だ。ネット世論が持つ監視機能には、権力の暴走を正したり不祥事を糾弾したりするポジティブな一面があることも否定できない。しかし、それが私的な正義感の暴走や単なる憂さ晴らしにすり替わったとき、社会の健全な言論空間は破壊されてしまう。
不謹慎狩りと化すネット炎上の嵐を止めるためには、発信者側だけでなく、情報を受け取るユーザー一人ひとりのリテラシーが問われている。画面の向こうにある言葉の真意や文脈を読み解く努力、そして安易な正義感に流されて過激なバッシングに参加しない理性が求められているのだ。感情的なスクラム攻撃に踊らされることなく、多様な価値観と表現の自由を尊重する姿勢を取り戻すことこそが、私たちが目指すべき持続可能なデジタル社会の姿であろう。 (出典: 不 謹慎 厨(Yahoo!ニュース))