浅田舞さんと匡子さんの関係は、決して平坦なものばかりではありませんでした。後に舞さん自身がテレビ番組や手記で率直に語った告白は、多くのアスリート家庭に大きな衝撃を与えました。
ジュニア時代、先に頭角を現したのは姉の舞さんでした。しかし、妹の真央さんが驚異的なスピードで技術を習得し、世界的な注目を浴びるようになると、母・匡子さんの情熱と指導の視線は急速に真央さんへと集中していきました。自宅でもリンクでも真央さん中心の生活が続く中、舞さんは「自分は母親から必要とされていないのではないか」という激しい疎外感と孤独に苛まれるようになります。
高校生から20歳前後にかけ、舞さんはスケートから距離を置き、髪を明るく染めて夜の街へ繰り出すなど、激しい反抗期を迎えました。匡子さんとの間では毎日のように激しい口論が交わされ、時には数カ月間にわたり言葉を交わさない冷戦状態に陥ることもあったと振り返っています。
しかし、母・匡子さんが重い病に倒れ、日に日に衰弱していく姿を目の当たりにしたことで、舞さんの頑なだった心は解きほぐされていきました。病床の母の看病を続ける中で、「厳しさの裏にあった深い愛情」と「長女である自分への信頼」に気付き、母娘は最期の時を前にしっかりと和解を果たしました。