箱根峠を越える旅人が命がけで歩いた江戸時代の東海道「箱根八里」。かつて畑宿から芦ノ湖へと至る険しい山道には、過酷な石畳の坂道を行き交う人々を癒やすために十数軒の茶屋が軒を連ねていました。時代の変遷とともに宿場町の役割が薄れ、多くの茶屋が姿を消していくなか、創業以来約400年にわたって同じ場所で暖簾を守り続けているのが箱根旧街道の甘酒茶屋です。
現在の店主は十三代目。店舗は平成期に伝統的な茅葺き(かやぶき)屋根と土間、そして大きな囲炉裏を構える江戸初期の建築様式へと忠実に復元されました。店内に足を踏み入れると、天井を燻す炭の香りとほの暗い空間に灯る柔らかな明かりが迎えてくれます。この空間そのものが箱根の生きた文化財であり、単なる休憩所の枠を超えた歴史的体験を提供しています。
歴史資料や関係者の記録によれば、江戸時代には赤穂浪士の神崎与五郎が江戸へ下る途中に立ち寄り、馬方・丑五郎に言いがかりをつけられながらも大願のために耐え忍んだ「勘平の詫び証文」の舞台としても語り継がれています。長旅の疲労を甘酒の滋養で回復させ、再び険しい峠道へと向かった当時の旅人たちの息遣いが、今もこの空間には色濃く息づいています。