昭和の高校野球ファンにとって、PL学園はまさに絶対王者だった。春夏の甲子園で通算7度の優勝を飾り、アルプススタンドを埋め尽くす「人文字」の応援は夏の風物詩として全国に知れ渡っていた。当時は全国各地から優秀な球児や生徒が集まり、学年ごとに多数のクラスが編成される屈指のマンモス校だった。
全寮制という厳格な生活環境の中で育まれた圧倒的な団結力と精神主義。それが甲子園での劇的な逆転劇を生み出す原動力となっていた。全国の野球少年が憧れ、熾烈な競争を勝ち抜いた者だけが袖を通すことを許された「PL」のユニフォームは、高校スポーツ界における最高のブランド価値を誇っていたのだ。