上野の西郷隆盛像はなぜ浴衣?妻が漏らした顔の真相と知られざる謎

上野の西郷隆盛像はなぜ浴衣?妻が漏らした顔の真相と知られざる謎

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西郷隆盛の銅像は、東京だけでなく故郷・鹿児島にも存在します。しかし、東西の像を見比べると、同じ歴史上の人物とは思えないほど造形思想が乖離しています。それぞれの建立意図とスペックの違いを整理したのが以下の比較データです。

項目東京・上野恩賜公園像鹿児島・城山像(鹿児島市)編集部の見解・評価建立年・作者1898年(明治31年)
高村光雲(人物)/ 後藤貞行(犬)1937年(昭和12年)
安藤照(忠犬ハチ公像の作者)上野は明治の木彫リアリズム、鹿児島は昭和初期の重厚なモニュメント彫刻。着用している服装綿薩摩の着流し+狩衣(浴衣風・草履履き)大日本帝国陸軍大将の正装軍服上野は「民衆と自然を愛した西郷」、鹿児島は「近代陸軍の祖・英雄西郷」。同伴者・ポーズ愛犬ツンを連れた歩行の瞬間単身で直立不動、城山を背に街を睨む上野は動的な親しみやすさ、鹿児島は静的な絶対的権威を具現化。像高・全体スケール像高 3.7m(台座含め 約8m)像高 5.7m(台座含め 約8m)本体の大きさは鹿児島の城山像が圧倒。迫力と威圧感を持たせている。建立の政治的背景朝敵解除後の恩赦・政府への配慮による妥協没後50年記念・郷土の偉人顕彰と国威発揚中央政府の視線が届く東京と、西郷を純粋に慕い続けた薩摩の心理的格差が反映。

東京の上野恩賜公園像が「親しみやすさ」を前面に出しているのに対し、鹿児島の城山像は威風堂々たる軍服姿です。昭和12年、鹿児島出身の彫刻家・安藤照によって完成された城山像は、日中戦争前夜という国威発揚の時代背景も手伝い、「郷土が生んだ不世出の大将」として完璧な軍人姿で造形されました。同じひとりの歴史的人物が、中央政府の思惑と地方都市の誇りという異なるフィルターを通すことで、真逆のアイコンへと昇華した好例です。

高橋 健太
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高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。