寬仁親王のルーツを振り返る上で欠かせないのが、昭和天皇の末弟である三笠宮崇仁親王と百合子妃の長男として1946(昭和21)年に誕生されたという血筋です。三笠宮家の家族構成において嫡男としての重責を担い、学習院大学法学部を卒業後は英国オックスフォード大学へ留学されるなど、国際派皇族としての素養を磨かれました。
1980(昭和55)年、元内閣総理大臣・吉田茂氏の孫であり、麻生太郎氏の妹にあたる麻生信子さまとご成婚。皇室と政界の歴史的名門を結ぶ婚姻として大きな祝福を受けました。お二人の間には、1981年に彬子女王(あきこじょわん)、1983年に瑶子女王(ようこじょわん)が誕生され、温かなご家庭を築かれます。
皇室の系譜において、寬仁親王は常に伝統と革新の架け橋となる存在でした。近年、彬子女王が執筆された回想録がベストセラーとなるなど、父宮から受け継いだ知性と情熱は、次世代の皇室活動の中にも確かに息づいています。