任侠史を振り返ると、若頭というポストは「次期組長(後継者)への最短ルート」として機能してきた経緯があります。組織の武闘派・経済派のトップ組員を統率し、他団体との熾烈な抗争や利権拡大を主導してきた歴代の若頭たちが、そのまま次代の首領へと昇格していきました。
日本最大の広域暴力団である山口組の歴史を見ても、三代目体制下で辣腕を振るった地道行雄や山本健一、四代目を継承した竹中正久、五代目の渡辺芳則、六代目の司忍(篠田建市)に至るまで、いずれも若頭として組織の実権を完全に掌握した後にトップへと就任しています。
若頭への就任は、内外に対して「この人物が事実上の後継候補である」と宣言するに等しい重みを持ちます。それゆえに、若頭人事の行方をめぐっては組織内で激しい内部対立や分裂劇が幾度となく繰り返されてきました。