安倍晋太郎は政策通であると同時に、自民党の最大派閥へと成長する「清和政策研究会(のちの安倍派)」の礎を固めた領袖でもありました。
1986年、福田赳夫元首相から派閥の座を禅譲され、「安倍派」の初代会長に就任します。晋太郎の率いる派閥運営は、権威的ではなく「情と義理」を重んじる温厚なスタイルで知られ、若手議員の面倒見が極めて良い指導者として慕われました。
「情の政治家」と評された晋太郎は、竹下登との強固な信頼関係(いわゆる「安竹同盟」)を軸に党内の安定を図りました。この人脈と融和の精神が基盤となり、清和会は森喜朗、小泉純一郎、そして息子・晋三へと受け継がれ、平成から令和にかけて政界を動かす強大な政治勢力へと発展していくことになります。