五木ひろし『夜明けのブルース』松山二番町の真相と歌碑の誕生秘話

五木ひろし『夜明けのブルース』松山二番町の真相と歌碑の誕生秘話

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日本歌謡界のトップランナーとして不動の地位を築いていた五木ひろしが、これまでの王道演歌とは一線を画すリズム歌謡に舵を切った瞬間、業界には激震が走りました。その引き金となったのが、インディーズ発のヒット曲『安芸灘の風』で脚光を浴びていたシンガーソングライター、レーモンド松屋との劇的な出会いです。

当時、有線放送やラジオから流れるレーモンド松屋の独特な歌声と、哀愁を帯びたドライヴィング・グルーヴに強い衝撃を受けた五木ひろしは、自ら「私のために曲を書いてほしい」とコンタクトを取りました。すでに数々の栄冠を手にしてきた巨匠が、当時メジャーデビュー直後だった気鋭のクリエイターに白羽の矢を立てたことは極めて異例の決断でした。

レーモンド松屋が五木のボーカルスタイルを綿密に研究し、哀愁の中にもダンサブルな躍動感を宿らせて完成させたデモ音源こそが『夜明けのブルース』でした。五木ひろしはこの楽曲を受け取った瞬間、「これは歌謡界の起爆剤になる」と確信し、魂を吹き込むレコーディングへと挑んだのです。

山下 哲也
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山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。