事件発覚当時、インターネット上やSNSでは「カミンスカスという珍しい名字は本名なのか」「なぜ海外へ逃亡できたのか」といった疑問や憶測が飛び交い、大きな炎上状態となりました。
捜査関係者によると、本名はもともと「小山操」でした。しかし事件前の2017年、リトアニア国籍の女性と婚姻届を提出したことで「カミンスカス操」へと戸籍上の姓を変更。この改姓は、警察の捜査網や金融機関のマネーロンダリング監視システムを撹乱するための偽装工作の一環であった可能性が強く指摘されています。
2018年10月、警視庁が主犯格グループの強制捜査に踏み切る直前、カミンスカス受刑者は羽田空港からフィリピン・マニラへ出国。現地では高級コンドミニアムを転々とし、カジノやナイトクラブに出入りするなど潜伏生活を続けていました。しかし、日本政府の要請に基づく国際刑事警察機構(ICPO)の赤手配(国際指名手配)を受け、同年11月にマニラの入国管理局に出頭したところを身柄拘束され、2019年1月に日本へ強制送還されました。