新京極商店街を歩くと、賑やかな店舗の合間に突如として厳かな寺院の山門や鳥居が現れる独特の景観に驚かされます。この空間構造を紐解く鍵は、明治初期の都市計画にあります。新京極 歴史 発祥のルーツは明治5年(1872年)、当時の京都府参事・槇村正直が断行した都市再開発にさかのぼります。東京遷都により活気を失いかけていた京都の起死回生策として、寺町通に集まっていた寺院の境内地を整理し、新たに一本の通りを開通させたのが始まりです。
通りが開削されると、見世物小屋や芝居小屋、飲食店が次々と集まり、東京の浅草、大阪の千日前と並ぶ日本三大盛り場へと急成長を遂げました。この歴史的経緯があるため、通り沿いには今も由緒ある寺院が点在しています。特に新京極 蛸薬師堂 誓願寺の2大寺院は外せません。誓願寺は落語の祖・安楽庵策伝が法主を務めた「落語発祥の寺」であり、和泉式部ゆかりの信仰を集めています。一方、蛸薬師堂(永福寺)は病気平癒やガン封じのご利益で知られ、木造のタコを撫でて祈願する「なで薬師」に多くの参拝者が訪れます。
さらに南側には学問の神様を祀る「錦天満宮」が鎮座し、鳥居の両端が民家の壁に突き刺さっている珍景も有名です。ショッピングモールのような利便性を持ちながら、一歩足を踏み入れれば数百年単位の信仰が息づいている点こそが、京都河原町 新京極 見どころの真骨頂です。