大師山清大寺の歴史を語る上で欠かせないのが、大阪を拠点に一大タクシーグループ「相互タクシー」を築き上げた実業家・多田清(ただ・きよし)氏の存在です。勝山市出身の多田氏は、一代で巨万の富を築いた立志伝中の人物であり、その生涯の集大成として計画されたのが清大寺の建立でした。
なぜこれほどの巨大寺院が福井の山あいに建設されたのか。当時の記録資料や関係者の証言によると、その動機は単なる個人の顕示欲や節税対策ではなく、「貧しかった自らを育んでくれた故郷への報恩感謝」と「産業が衰退しつつあった勝山に恒久的な観光資源を残したい」という強い郷土愛にありました。昭和の高度経済成長期からバブル経済へと向かう1980年代、多田氏は自らの私財を惜しみなく注ぎ込み、1987年(昭和62年)5月に総工費約380億円をかけた大伽藍を完成させました。
中国洛陽の龍門石窟などをモデルにした設計は、日本国内の伝統的な寺院建築の枠組みを遥かに超えたものでした。高度経済成長期の熱気と、一代で財を成した昭和の実業家特有の「国家・郷土への還元思想」が結実したモニュメント、それが大師山清大寺の原点です。