九龍城砦の写真集おすすめと消えた真相2026

九龍城砦の写真集おすすめと消えた真相2026

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九龍城砦の起源は15世紀にまで遡るとされますが、現在知られる形になったのは1840年代の清朝による要塞建設が始まりです。1898年、イギリスが新界を租借した際、九龍城砦の管轄権は清国側に残されました。ところがイギリスは実効支配を進め、城砦は「どの政府の法律も完全には及ばない」特異な空白地帯と化していきます。

第二次世界大戦後、中国から大量の難民が流入し、城砦は無秩序な増築を繰り返しながら巨大化。1950年代には防火・衛生面の問題が深刻化し、香港政府は何度も取り壊しを試みますが、中国側との政治的対立もあり実現しませんでした。城砦が「無法地帯」「三合会の巣窟」と呼ばれたのは、この行政の空白が長期間続いたことが背景にあります。

転機となったのは1984年の英中共同声明です。香港返還が決まり、両国間の政治的問題が整理される中で、1987年、香港政府は九龍城砦の拆除を正式決定しました。1993年に強制立ち退きが完了し、1994年にかけて建物は完全に撤去されました。つまり九龍城砦が消えたのは「治安の悪化」だけが理由ではなく、返還を前にした政治的決着と、都市再開発という現実的な動機が重なった結果だったのです。

作家・研究者の証言や当時の報道記録を総合すると、城砦の住人たちは必ずしも「追い出された犠牲者」ではありませんでした。補償金が支払われ、多くの住人は近隣の公共住宅へ移転しています。しかし「帰る場所を失った」という喪失感を語る元住人の声も少なくなく、写真集に収められたインタビューには、複雑な心境が生々しく記録されています。

佐藤 大輔
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佐藤 大輔

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