菊池桃子さんが長女を出産したのは2001年のことです。しかし、誕生から間もない乳児期に、娘の体に異変が生じました。突然の発熱と体調急変により医師から告げられた診断名は、大人の病気と思われがちな小児脳梗塞(小児期脳卒中)でした。
小児における脳梗塞は、年間で10万人あたり数人程度とされる極めて稀な症例です。発見が遅れると重篤な障害が残るリスクが高い中、早期の適切な医療処置によって一命は取り留めたものの、後遺症として左手足に麻痺(身体障害)が残るという過酷な現実を突きつけられました。
菊池さんは当時の心情について、後の著書や特別インタビューで「目の前が真っ暗になり、なぜこの子がこんな試練を背負わなければならないのかと自分を責め続けた」と振り返っています。しかし、立ち止まることなく、専門医の指導のもとで過酷な理学療法や作業療法などのリハビリテーションに二人三脚で挑み続けました。家庭内でも左手を自然に使う遊びを取り入れるなど、日常のあらゆる場面を機能回復の機会へと変えていく工夫を重ねたのです。