横浜富岡八幡宮の真価と歴史を検証!深川元宮の真相と参拝全案内

横浜富岡八幡宮の真価と歴史を検証!深川元宮の真相と参拝全案内

横浜富岡八幡宮の真価と歴史を検証!深川元宮の真相と参拝全案内に関する注目トピックを速報でお届けします。関心のある方は必見です。

神社巡りや歴史愛好家の間で度々議論となるのが、「横浜の富岡八幡宮」と「東京・門前仲町の深川富岡八幡宮」の主従関係です。社伝および『新編武蔵風土記稿』などの歴史資料を紐解くと、横浜市金沢区の富岡八幡宮こそが本源(元宮)であることが明確に記されています。

その発祥は鎌倉時代の初頭、建久2年(1191年)に遡ります。鎌倉幕府を開いた源頼朝が、幕府の鬼門(北東方角)にあたるこの地を鎮護するため、摂津国の西宮戎(西宮神社)より蛭子神(恵比寿神)を勧請したのが始まりとされています。その後、安貞元年(1227年)に八幡大神が合祀され、八幡宮としての陣容が整いました。

江戸時代初期の寛永4年(1627年)、富岡八幡宮の別当寺であった長真寺の僧・長盛法印が、霊夢に従って江戸深川の永代島を開拓し、この富岡八幡宮の御分霊を祀った社が現在の「深川富岡八幡宮」です。鳥居の扁額や古文書に「元宮」と明記されている背景には、こうした直系の分祀関係という揺るぎない歴史的事実が存在します。

また、応長元年(1311年)に発生した大津波の際、この八幡宮が鎮座する八幡山が荒波を二分し、富岡の里を壊滅の危機から救ったという奇跡から「波除八幡(なみよけはちまん)」の尊称が定着しました。この霊験は後に、江戸・築地の波除稲荷神社など関東沿岸部の波除信仰にも大きな影響を与えたとされています。

橋本 菜々子
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橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。