殊能将之の作家性を語る上で外せないのが、探偵・石動戯作(いするぎ げさく)とその助手アントニオが活躍する「石動戯作シリーズ」です。一作ごとにジャンルやトーンを劇的に変貌させる実験精神は、読者に強烈なインパクトを与え続けています。
シリーズ第1作『美濃牛』は、岐阜県の因習残る寒村・灰堂村の鍾乳洞で起きる連続殺人を描いた重厚な本格ミステリ。横溝正史を彷彿とさせるクラシカルな舞台設定の中で、精緻なロジックが冴え渡る正統派の傑作です。
続く第2作『黒い仏』は、ミステリ史上に残る超問題作として知られています。寺院から盗難された秘仏の捜索という端正な導入から、物語は後半、読者の予想を遥か斜め上に裏切るクトゥルフ神話・SFホラー要素へと突如雪崩れ込みます。初読時に激怒するか絶賛するかで読者を二分した、まさに怪作の名にふさわしい一冊です。
そして第3作『鏡の中は日曜日』では、一転してバッハやエッシャーの構造美を思わせる、極めて端正で芸術的な館モノ・密室殺人に回帰。名探偵という存在そのものを脱構築する切れ味を見せ、シリーズ最高傑作の呼び声も高い完成度を誇ります。