生長の家を語る上で避けて通れないのが、政治方針の劇的な転換劇です。かつての生長の家は、1964年に結成された「生長の家政治連合(生政連)」を軸に、元号法制化運動や建国記念の日の制定、優生保護法改正運動などを主導しました。日本会議の前身組織でも中核を担い、自民党の強力な集票組織として強烈な右派・民族派色を放っていた歴史があります。
しかし、1983年に教団は突如として生政連の活動停止を発表します。政治との距離を置き始めた教団を決定的に変えたのが、谷口雅春の孫にあたる第3代総裁・谷口雅宣氏のリーダーシップでした。雅宣総裁は、現代における最大の地球規模の課題は「環境問題」であると定義し、教義の力点を国家主義から「自然共生」へと大胆に再解釈しました。
その方向転換が決定的となったのが、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故です。教団は明確に「脱原発」を打ち出し、再生可能エネルギーの導入を信徒に推奨。さらに2016年の参議院議員選挙では、安倍政権(当時)が進めた集団的自衛権の行使容認や安保法制に強く反発し、自民党・公明党の連立政権を「不支持」とする前代未聞の声明を発表しました。かつての保守系大票田が、憲法改悪反対・反原発を叫ぶリベラル勢力へと舵を切ったこの変貌は、政界に巨大な地殻変動をもたらしました。